STYLES with Ferraresi

日常に映る美学。
Ferraresiを持つ
人々の姿。

GLOBE SPECS, President

Tetsuya Okada

1973年、イタリア・フェラーラの小さな革工房から始まったバッグ・革小物ブランド「Felisi(フェリージ)」。
半世紀以上にわたり受け継がれてきた職人技とタイムレスな美意識を背景に生まれた「Ferraresi(フェラレージ)」は、
発祥の地であるフェラーラの街並みに着想を得たシリーズです。ブランドと関わりのある4名の日常やスタイルを通して、
Ferraresiが持つ上質さと、さまざまなシーンに溶け込むアノニマスな魅力に改めて迫ります。

ファッションと、
人の助けになることを
組み合わせた仕事。

岡田さんはテニスが趣味なんですよね。
はじめてラケットを持ったのは小学生の頃。ニューヨークに住んでいた時期があって、そこで触れました。本格的にはじめたのは大学に入ってからですね。
現在も週に3~4日はプレーされているそうですね。
球を打つこと自体がおもしろいんです。スピンをかけたり、相手の意表をついたり、駆け引きの楽しさがある。それに海外出張も多く、体力が必要なので、健康面でも役立っています。
ニューヨークに住んでいた頃は、どんな生活をされていたんですか?
初めは小学4年の頃でした。翌年にはウッドストックの反戦コンサートがあって、同級生もヒッピーのような格好をしていました。私はマイケル・ジャクソンと同世代なので、ジャクソン・ファイブの活躍もリアルタイムで見ていたので、そうした空気に触れて、音楽やファッションに関心を持つようになったんです。
その当時、岡田さんもヒッピーのような服を着ていたんですか? アイビーやトラッドの印象が強いのですが。
それはなかったですね。アメリカの学校には“アッセンブリー”という全校集会のようなイベントが月に一度あって、そのときは少しかしこまった格好をするんです。私もネクタイを締めて参加していて、その頃からアイビー的なものを意識しはじめました。帰国後はそれがさらに強くなりました。当時はVANの全盛期で、私が住んでいた青山を歩く大人たちもみんなアイビースタイルだったので、すごく影響を受けました。
青山で見たアイビーは、ニューヨークとは少し違った?
ニューヨークでは大人の男のユニフォームに近い印象でしたが、青山ではファッションとして輝いて見えました。私もその真っ只中にいて、完全に洗脳されたんです(笑)。ただ中学3年くらいになると、その流れも少し落ち着いて、今度はヨーロッパのファッションに興味が向かうんです。菊池武夫さんや松村周作さんのアトリエが原宿にあり、古着屋やセレクトショップも増えはじめていた。振り返ると、日本のファッションの原点になるような時代でその真っ只中にいました。
GLOBE SPECSにつながるような、メガネに対する興味はいつ頃から湧きはじめたんですか?
大学を卒業してから銀行に就職したのですが、仕事の楽しさをあまり見出すことができず、自分が関心のあるファッションと、人の助けになることを組み合わせた仕事をしたいなと思ったんです。
たしかに、メガネは日常生活を支えるツールであり、個性を主張するアイテムでもあります。
当時のメガネはファッションアイテムではなく、視力を補う道具として捉えられていました。私自身も高校生の頃から掛けていましたが、メガネって人の印象を左右しますよね。そこにファッションの要素を持ち込む余地があると思ったんです。それで国内のメガネ屋さんに転職して、26歳のときに海外勤務を打診され、再びニューヨークへ行くことになって。そこでなら、自分がやりたいことの可能性を探れると思ったんですよ。
再び訪れたニューヨークでの体験はどんなものだったんですか?
お店の運営を任されたのですが、メガネを楽しみながら掛けている人たちが多かったですね。印象的だったのは、赤い老眼鏡を鼻先で掛けているおばあさんがいて。それがものすごく似合っていて、老眼鏡と一緒にかっこよく素敵に歳を重ねている感じがしたんです。それを見た若者たちが「かっこいい」と声を掛けるんですけど、「あんたたちにはまだ早いのよ」って笑いながらやりとりをしていて。
メガネがスタイルの一部になっていたんですね。
メガネは生活の道具ではあるけれど、それを自分らしく取り入れて、一緒に歳を重ねて人生を楽しんでいるというか。そこにメガネと自分を楽しむカルチャーを感じたんです。
お店づくりはどんなことを意識していたんですか?
ニューヨークにあるRalph LaurenやBARNEY'S NEW YORKといった一流店では、VMDのプロ達がウィンドウ・ディスプレイを行うのですが、そういったお店のディスプレイを参考に自店のウィンドウを閉店後夜遅くまでかけて行っていました。
それを翌朝窓に着く指紋の数で関心度や自分の提案の的中を押し測り、さらに毎日改良を加えていきました。
仕入れに関しても、日本では見ることのない世界中のアイウェアブランドを取り扱っていましたね。国によってメガネの特色も変わりますし、メガネの専門ブランドがあるということも、当時の私には新鮮でした。アメリカはもちろん、ヨーロッパ全域など世界中からブランドを仕入れて、個性あるお店づくりを意識したんです。
その経験がGLOBE SPECSの原点になっているように感じます。
そうですね。自信につながったというか、自分が考えていること、やりたいことは間違っていなかったんだと確信を得ることができました。

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作り手の価値観と
美意識に
共感できるか
どうか。

岡田さんの琴線に触れるメガネは、どんなものが多いですか?
自分がティーンエージャーだった頃、アイビーやトラッドから始まり、ヨーロッパのモードや古着まで好きになって行ったので、ファッション感性の幅は割りと広いのです。
それと長年この仕事に向き合ってきた中、自分と異なる世代、異性、様々なファッションや職業の方々のお見立てをしてきたので「女性が掛けたらどうだろう? 」、「若い人たちが素敵に掛けてくれそうだな」と、自分の価値観とは別のベクトルでもアイテムを見るようにしています。その中で従来のメガネにはない新しい発想があるかどうかも大事にしていますね。
価値観を固定しない、柔軟さがありますね。
海外へ行くと、いろんな方々とお話をする機会が得られます。そうやって日本では感じることのない美意識や文化に触れることで、たくさんの気づきがあるんです。通常展示会ではセールスの方がバイヤーに商品の説明をするのですが、ぼくはデザイナーと直接話をして、メガネに関する特徴や拘りはもちろん、その人の生まれや育ち、現在の生活についても話を聞くようにしています。そうすることで、プロダクトが誕生した背景がよりクリアになります。それが分かってはじめて日本でもちゃんと紹介できると思っているんです。
そうすることで、ストーリーが生まれますよね。
そうですね。クリエイターの価値観とか、どんなものが好きだとか、そうしたアイデアをお客さんに伝えているんです。
お店では積極的に店頭にも立たれているんですよね。
接客が好きなんですよ。だからこの仕事をしているんです。
そこでまたいろんな価値観に触れられますよね。
お店のBGMを選曲してくれているFPMの田中知之さんや、店外の看板を描いてくれるNUTS ART WORKSの比内さんも、接客を通して親交が深まり、一緒になにかやるようになりました。そこから新しいものが生まれさらに楽しい店を作れることが楽しいんです。
こうしてコラボレートしてゆく関係性へと発展していきました。そして商売の枠を超えた、新たな可能性が生まれて行きます。
そうやって循環が生まれ、コミュニティが形成されていく。
とある大手ファッション業界の方と話していて、「ファッションの仕事は株式上場に向かない」ということを仰っていました。好きなこと、素晴らしいことを通じてユーザーが心から楽しめる結果を目指すならば、利益を最優先して考えると難しいという意味ですが、それは正しい考え方だなって思いますね。
ーちなみに仕事とは関係なく、ご自身の身の回りのものを選ぶ際に意識することはありますか?
それも仕事のときと似ていますね。作り手の価値観と美意識に共感できるかどうかを大事にしています。ファッションの場合はまず服からそれを感じ取って、その後にデザイナーと話してみて、「やっぱりそうだったんだ」と後から分かることが多いです。

眼鏡やボールペンなどに加え、整髪料やコームも携帯。出会ったアンティーク家具のサイズを測れるようメジャーを持ち歩くのも、岡田さんらしさが表れています。

バッグを持つ楽しさや
遊びの感覚を
再確認できた。

バッグに関して求める条件はありますか?
バイイングで海外へ行くと、とにかく歩くんです。重たいバッグはしんどいので、軽さは求めたいですね。あとはスマートフォンで位置情報を確認したりもするので、両手がフリーになるものがいい。だからショルダーや、ワンショルダーを手に取る機会が自ずと増えます。
バックパックはあまり使わないですか?
荷物を取り出すのに動作が増えてしまうので、あまり使わないですね。もうちょっとクイックに取り出せるものが好みです。
デザインに関してはいかがですか?
それを持つことによってスタイリングのアクセントになるものが好みです。よりファッションが楽しくなるバッグというか。Ferraresiはまさにそういう存在だと思いました。
はじめて写真で見たときはすこし硬い感じを受け、クラシックな印象が強かったのですが、実際に持ってみると、そうした先入観が覆されたというか。すごくワクワクするバッグだなと。先日買い付けでニューヨークへ行った際も、ずっとワンショルダーのバッグを持っていたのですが、街で「それいいね!」といろんな方から声を掛けられたんです。
それはうれしいですね。
色使いも含めてすごく服に合わせやすいバッグですよね。幅広いスタイリングにマッチして、すごく重宝しています。アイボリーカラーのバッグはもともと好きで、コーディネートのトーンが明るくなる効果もある。ロサンゼルスにも訪れたのですが、半袖のシャツなど、暖かな気候のスタイリングにもフィットしていました。キャッシュレスの時代ですから、あまりモノも持たなくていいので、こういうコンパクトなバッグは容量的にも使い勝手がいいですね。
先ほど気にされていた荷物の出し入れに関しては、いかがですか?
少ない動作で荷物の出し入れができるので、ストレスがなかったですよ。
ショルダーバッグや、ポーチも今回使っていただきました。
ショルダーは国内で展示会を回るときに重宝しそうですね。資料をいただくことが多いので、それを持ち歩くときに使えそうです。ポーチに関しては、ちょっとした外出のときに持ちたい。服のポケットに入れるにはちょっとかさばるものを収納したり。実際に普段は荷物が少ないので、あのくらいのサイズがちょうどよかったりします。
今後、Ferraresiに期待することはありますか?
今回実際に使ってみて、品質の高さや革の質の良さを強く感じました。そして、バッグを持つ楽しさや遊びの感覚を再確認できました。上質でありながら、どこか外しや遊びが効いている。今後もそうしたバランスのプロダクトが増えていくとうれしいですね。

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岡田哲哉

1959年、広島県生まれ。幼少期をニューヨークで過ごす。銀行勤務を経てメガネ業界へ転身し、1998年に東京・渋谷で「GLOBE SPECS」を創業。世界最大級の眼鏡の国際展示会ミラノの「MIDO」において、世界一の眼鏡店として「Bestore Award」を2017年と2018年の2年連続受賞。世界的評価を得ている。

GLOBE SPECS

メガネをもっと楽しくおしゃれなアイテムへと進化させたい。それまでも眼鏡業界に従事していた3人の仲間が集まり、その想いを実現すべく1998年にグローブスペックスを創設。現在は渋谷・代官山・京都に店舗を構え、海外10ブランドの日本総代理店も務める。さらにScyeやOld Joeとのコラボレーションやオリジナルブランドも展開。2017年・2018年にはミラノ「MIDO」において、世界一の眼鏡店として「Bestore Award」を受賞2年連続受賞、2020年にはニューヨークVision Expoで「Optimum Retail Award」を受賞するなど、世界的にも高い評価を得ている。

撮影協力

品川プリンスホテル 高輪テニスセンター

品川プリンスホテル内にある高輪テニスセンター。
充実の施設で初心者から上級者まで快適にプレーでき、都心で気軽にテニスを楽しめるのが魅力。

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